僕は相互レビュー社会と呼んでいるんですけれども、もうあるんですよ。
お手伝いネットというネットワークサービスがあって、銀座でいまこの瞬間バイト来れる人をざっと検索できるサービスなんです。いろんな店が登録してて、今夜のバイトを3人募集したいといったら、銀座でスマートフォンもってたら1時間後、2時間後にバイトはいれる人がざっと見つかる。
そこに登録しないとダメなんですが、お手伝いネットに登録してバイトすると、自分の登録名に、そのお店で雇われたときの評価がつくんですよ、5点満点で。4.2点とか3.8点とか」
——おっかないですね!
「おっかないんですよ。さて、そこの人たちがどんな人たちを雇うかというと、お手伝いネットで3回以上バイトしていて平均4以上の人を選ぶに決まっているじゃないですか。これが「評価される」ということですよ。それをイヤがっていると徐々にバイトの口がなくなるんです。なんでキミはお手伝いネットに登録してないの?と。いやいやああいうの嫌いだから。ああそう、じゃあキミがどれくらい保障する人はいないんだね。ということになっていく。
これは一方的に評価されているんですが、次の段階は、働く企業を評価するようになるでしょう。この企業は本当にいったとおりのカネを出してくれたか、休み時間やすめたか、パワハラセクハラなかったかということで、企業も評価されていく。
いまの食べログやアマゾンの本の評価のように、雇う側と雇われる側が相互にレビューする時代。これが相互レビュー時代です。
via yaruo何か問題が発生して、たいていの場合、まず真っ先に呼ばれるのは「便利屋」であって、問題がそこで解決しても、そこから「信頼」は生まれない。問題が煮詰まって、「便利屋」には解決できない状況になって、今度はたいてい、「信頼できる人」が呼ばれる。信頼できる人が問題を解決しても、もしかしたら問題を解決できなくても、その人に対する信頼は高まって、一方で、「使えない便利屋」は舌打ちされる。
内面の「まじめさ」は、信頼の役にはたたない。
信頼は、「相手の選択肢が枯れた状況で、問題の解決を提供する」ことで生まれ、相手の選択肢が枯れ続けている限りにおいて、信頼は勝手に大きくなっていく。「問題を解決すること」それ自体は、信頼については、たいていの場合どうでもいい。
via kogumarecord——今年(インタビュー時は2011年)の、ホテルで働いている女の子がツイッターでサッカー選手のお客のカップルのことつぶやいたのとかは、自分をさらしすぎたんですかね?
「あれは攻撃力が強すぎたんです。防衛力がないのに。あの女の子が評価経済社会のことをわかっていたら、『私をクビにしたらこのホテルの恥ですよ』と交渉できたんですよ。『こんな女の子も社会人として一人前に育てました』という話でしか、このホテルの名誉回復の方法はありませんよ』と言うべきだったんです」
——なるほどー。
「それしかない。問題ある従業員をクビにした、イコール、従業員の教育能力がない、という話ですからね。あの女の子はあの場ですぐに、どうすればいいのかって情報をみんなから集めるべきだったんです。目立ったのがチャンスだったんです。その瞬間、彼女のところには評価資本が集まったのに、彼女は情報をクローズしてしまった。そして周りのオトナのいいように扱われてしまった」
via yaruo